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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)45号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 成立に争いのない甲第九号証によれば、本件特許発明は、プロピレンの気相接触酸化によつてアクロレインを製造する方法に関するもので、特にその際に用いるモリブデン、ビスマス、鉄、ニツケル及び(又は)コバルト系の多元触媒の調整時にホウ酸のナトリウム塩又はマンガン塩を添加することにより、従来の方法より低い反応温度において、原料のオレフインの転化率、アクロレイン及びアクリル酸の選択率、触媒寿命を従来のものより高めることに成功し、触媒性能を向上させたことにその特徴があるとされていることが認められる。

三 そこで、先ず取消事由(1)について判断する。

成立に争いのない甲第二号証によれば、第一引用例にはその特許請求の範囲を「酸化触媒の組成一般式は、

Nia Cob Flc Bid Le Mh Mof Og

で示される。ここでLは燐及び(又は)砒素及び(又は)硼素を示す。Mはカリウム及び(又は)ルビジウム及び(又は)セシウムである。a、bはそれぞれ〇から一五までで、かつaとbの合計値は二から一五である。Cは〇・五から七までの値であり、dは〇・一から四まで、eは〇から四まで、fは一二、gは三五から八五の値である。hは〇・〇一から〇・五の値を示す。場合によつては触媒は二酸化ケイ素のような担体を用いることもできる。」とするオレフインの酸化触媒発明が記載されていることが認められ、右発明と本件特許発明を比較すると、後者の触媒のナトリウム又はマンガン成分の代りに、前者の触媒ではカリウム等を含有する点において組成上の相違が認められる。

原告は、右の組成上の相違につき、本件特許発明の触媒成分の一つであるナトリウムと第一引用例記載の発明の触媒成分であるカリウム等は共にアルカリ金属に属することを理由に後者の発明から前者の発明を着想することは容易である旨主張する。

一般に、ナトリウムがカリウム等と同じくアルカリ金属に属する元素であり、アルカリ金属に属する元素は類似の化学的性質を有していることは、周知の事実である。しかし、成立に争いのない乙第三号証(CATALYSIS第四巻Reinhold Publishing Corporation一九五六年発行の三三三頁)には、「アルカリ促進剤の有効性はアルカリ系列の降下する順序で即ち、Li、Na、K、Rb、Csと増大する。リチウムとナトリウム化合物は比較的効果がない。カリウム化合物は申し分のない促進剤である。そして、経済的理由からFischer-Tropsch触媒として普通に(カリウム化合物が)使用される。……」旨の記載があり、成立に争いのない乙第四号証(THE JOURNAL OF PHYSICAL CHEMISTRY第六七巻一九六三年発行の九四七頁から九四八頁まで)には、エチルベンゼンの脱水素反応に用いる酸化物触媒において、カリウム等はナトリウムに比し高い「真の活性値」を示し、添加効果が高いとの趣旨の記載があることが認められ、これらの記載によれば、触媒としては、ナトリウムとカリウム等の類似の化学的性質が触媒反応に直接寄与するものではなく、触媒性能に関する両者の作用効果は異なり同一には論じ得ないものと解するのが相当である。

したがつて、第一引用例記載の発明において、触媒成分としてアルカリ金属に属するカリウム等を使用して効果を奏していたとしても、同じアルカリ金属に属するというだけで、ナトリウムが触媒として同様の効果を奏することを容易に予測し得るとする根拠にはなり得ないものというべきである。殊に前掲乙第三、第四号証によれば、いずれもナトリウムがカリウム等より触媒性能が劣る事例があげられており、また、次に述べるように、第一引用例記載の発明においても、同様の思考のもとに触媒が組成されていることがうかがえるから、当業者としては、第一引用例記載の発明があつたところで、カリウム等に代えて右のように触媒性能が劣る事例が示されているナトリウムを触媒成分として使用することを容易に着想できたと認めることは困難である。

(因に、成立に争いのない乙第五、第六号証によれば、第一引用例記載の発明の西ドイツ特許出願に対応するアメリカ特許第三七七八三八六号の審査過程で、出願人はそのレスポンスにおいて「もし本願発明(第一引用例記載の発明)においてアルカリ添加物としてリチウム又はナトリウムを用いるならば、アルカリ金属を使用しない場合よりもアクロレイン又はメタクロレインの収率は劣る。」と記載していることが認められ、この事実によれば、出願人自身も触媒性能に関してはナトリウムとカリウム等の作用効果が異なり、同列に論じ得ないことを十分に認識し、第一引用例記載の発明においては、触媒成分としてカリウム等の代りにナトリウムを添加すると、それを添加しない場合より触媒性能が劣るとの判断の下に、右組成から意識的にナトリウムを排除していることをうかがうことができる。)

そればかりでなく、前記のように、本件特許発明は、その触媒成分にホウ酸ナトリウムを添加することによつて触媒性能を向上させたことを特徴とするとされているのであるが、前掲甲第二号証によれば、第一引用例記載の発明では、その触媒成分にホウ素を含有するとはいえ、これを右のように触媒成分にホウ酸ナトリウムの形で添加するという技術思想を示唆するところもない。

原告は、審決が類推の容易性についてふれることのないのは、類推という思考作用そのものを否定したに帰着し、違法である旨主張する。しかし、審決は、第一引用例には「前記三種類の金属成分がいわゆるアルカリ金属に属するからという理由で選択されたことを認めるに足る記載もない。」と認定判断しており、そのことは、カリウム等がアルカリ金属に属するが故に第一引用例記載の発明の触媒成分として選択されたものと認められない以上、ナトリウムの触媒成分への添加については、単にそれが同属であるという理由では類推の容易性を肯定することができない、という判断を示したものと解するのが相当であつて、原告の右主張は失当である。

以上述べたところによれば、取消事由(1)は理由がないものというべきである。

四1 取消事由(2)の(一)について判断する。

成立に争いのない甲第三号証によれば、第二引用例にはその特許請求の範囲を「必須触媒成分としてアルカリ金属、ビスマス、鉄及びモリブデンの活性触媒酸化物から本質的になり、必要に応じ促進剤として、リン、ヒ素、アンチモン、コバルト及び又はニツケルの酸化物を含み、かつ次の式によつて定義されることを特徴とする触媒組成物。

Bia Feb Moc Qd Re Tf Mg Ox

式中Qはアルカリ金属であり、Rはアルカリ土金属であり、Tはリン、ヒ素又はアンチモンであり、Mはコバルト又はニツケルであり、かつ式中、a、b及びcは〇・一~一二の範囲の数であり、dは〇~八の範囲の数であり、fは〇~六の範囲の数であり、gは〇~一二の範囲の数であり、かつXはすべて飽和した他の元素の原子価によつてこの元素の原子価を決定した数である。」とする、イソアミレン、メチルブタノール又はこれらの混合物をイソブレンに転換する接触酸化脱水素触媒の発明が記載されていることが認められる。

審決は、第二引用例に記載されている触媒は、「本件特許発明における触媒の必須成分としてのビスマス及びケイ素を含有していない。」旨認定しているが、本件特許発明の触媒ではケイ素を必須成分としていないし、第二引用例記載の発明の触媒では必須成分としてビスマスは含有しているが、ケイ素は含有していないから、右認定は誤りといわざるを得ない(もつとも、前掲甲第三号証によれば、触媒担体として炭化ケイ素、二酸化ケイ素、ケイ酸塩を使用することができる旨の記載があるから、ケイ素は任意成分として含有するものということはできる。)。しかし、審決は、右認定に続く文脈からみて、本件特許発明の触媒がアルカリ金属に属するナトリウムを、第二引用例記載の発明の触媒がアルカリ金属を、それぞれ必須成分としている点において共通しているところから、本件特許発明の触媒では必須成分であつて、第二引用例記載の発明の触媒では必須成分とされていない元素を抽出して相違点としたうえ、そのように本件特許発明と組成を異にする第二引用例記載の発明に触媒成分として開示されているアルカリ金属中のナトリウムをもつて、第一引用例記載の発明の触媒成分中のカリウム等に置換することが容易に推考しうるところか否かを論じているものと解される。右の観点から本件特許発明の触媒の必須成分でありながら第二引用例記載の発明の触媒に含有されていない元素を求めれば、それはホウ素であることが明らかである。したがつて、この点において両発明は相違し、審決が摘示した「ビスマス及びケイ素」は「ホウ素」の誤りであるというべきである。かように正しく相違点を把握したうえで本件特許発明を第一及び第二引用例から推考することが容易かどうかを検討すべきものであるが、原告主張のように、審決が単に右のように相違点の認定を誤つたとの一事をもつて、それから導かれる結論すべてが誤りとすることは相当ではない。

2 前記1に述べたことを前提として、取消事由(2)の(二)について判断する。

第二引用例記載の発明ではアルカリ金属に属するナトリウムとカリウム等を均等の触媒成分として扱つているが、前記のとおり同属の金属が同様の化学的性質を示すことは周知であつても、同属の金属を触媒として使用する場合にも当然に同様の作用効果を奏するものではなく、同一に論じ得ないものであるから、触媒として他の元素との組合せによる効果も探究することなく前記のような第二引用例記載の発明における触媒組成を知得した当業者が、直ちに第一引用例記載の発明における触媒成分中のカリウム等をナトリウムをもつて置換することを容易に着想しうるものと即断することはできない。加うるに、本件特許発明と第一引用例記載の発明のベースとなる触媒組成は互いに類似している点があるが、本件特許発明では、ホウ酸ナトリウムの形での添加が必須とされているのに対し、第一引用例記載の発明の触媒はそのような組成ではないのであるから、右のようなベースとなる触媒組成の類似することをもつて直ちに本件特許発明を着想することが容易であるという根拠とするわけにはいかない。

また、前掲甲第三号証によれば、第二引用例記載の発明は、本件特許発明が、対象とするオレフインを接触酸化して不飽和アルデヒドや不飽和酸を製造する反応をその対象から除外していることが認められるから、その触媒が使用される反応系は本件特許発明のそれと異なるものであり、したがつて、この点からも、第二引用例記載の発明に基づいて本件特許発明に想到することが容易であるということはできない。

更に、原告が指摘する被告自身の出願にかかる特公昭四七―四一三二九号(甲第六号証)は、本件特許発明出願後に公告されたものであるから、これを根拠に本件特許発明が容易になし得たものとすることはできない。

3 以上のとおりであるから、取消事由(2)は理由がないものというべきである。

五 最後に取消事由(3)について判断する。

複数の発明の効果の比較は、その構成要件の相違によりもたらされる効果の差異を対比することによりなすのが合理的であり、したがつて、実験等によつて右の比較を行う場合には相違する構成要件以外の点は同一条件下におくべきである。

そこで本件特許発明と第一引用例記載の発明の効果について検討すると、成立に争いのない甲第七号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一号証によれば、別表(一)は、被告会社従業員渡辺芳久外二名が本件特許発明と第一引用例記載の発明における触媒の微量添加成分(前者につきホウ素、ナトリウム、後者につきL成分、M成分)が触媒性能に及ぼす影響を明らかにするために行つた四種の実験のうち「シリーズⅣ」と称する実験の結果と符合するものであること、いずれの実験も両発明の触媒成分として共通しているモリブデン、ビスマス、鉄、コバルト、ニツケル、ケイ素(前掲甲第九号証によれば、本件特許発明においても二酸化ケイ素を任意成分としていることが認められる。)の組成をベースとし、右シリーズⅣの実験においては、これに微量添加成分として、リン―カリウム、ホウ素―カリウム、リン―ナトリウム、ホウ素―ナトリウムを添加してその効果を比較して別表(一)の結果を得たが、これによると、<省略>転化率、アクロレイン、アクリルヘの単流収率は、本件特許発明の触媒による場合はそれぞれ九八・七パーセント、九四・〇パーセントであるのに対し(同表1)、第一引用例記載の発明の触媒のうちリン―カリウムを成分とする場合はそれぞれ八九・一パーセント、八六・四パーセント(同表4)、ホウ素―カリウムを成分とする場合はそれぞれ八一・〇パーセント、七八・五パーセントであること(同表5)、右実験の際の反応ガス組成はプロピレン六・二五モル、空気六二・五モル、水蒸気三一・二五モルであり、反応温度及び接触時間は三五〇度(摂氏)及び一・五秒であつたことが認められ、この事実によれば、本件特許発明による触媒性能が第一引用例記載の発明のそれを上廻つていることは明らかである。

原告は右実験結果を信用できない旨主張するが、右の事実によれば、別表(一)の実験は、既に述べた発明の効果の比較にあたつて必要とされる前提のもとになされたものということができるし、実験の際の反応ガス組成、反応温度及び接触時間の設定に不合理な点は見出せない。右実験結果が本件特許発明の明細書記載のものより上廻つた事例があつたとしても、それだけで右実験結果の信用性を疑うことはできない。原告は、また、各発明の実施例は最良の結果を示すものであるから、これを相互に比較すべきである旨主張するが、効果を比較すべき前提が整つていない限り、異なる実験条件下の効果を比較することになるから、単純に実施例を比較することは相当とはいい難い。

五 以上のとおりであつて、原告主張の取消事由はいずれもその理由がなく、審決にはこれを取消すべき違法な点はないものといわなければならない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註その一〕本件特許発明の要旨は左のとおりである。

プロピレンを分子状酸素で接触酸化してアクロレインを製造するに当り、触媒がホウ酸のナトリウム塩またはマンガン塩を添加して調製した下記の組成のものであることを特徴とする、アクロレインの製造法。

Moa Bib Coc Nid Fee Of Bg Nah Mni

ここで添付のa~iはそれぞれ原子数を示すものであつて、aを12に固定した場合は下記の値をとる。

a=12、b=4~7、c=0~10、d=0~10、c+d=0.1~10、e=0.05~0.4 f=25~80、g=0.01~2、h=0~2、i=0~2、h+i=0.01~2

〔編註その二〕本件に関する別表は左のとおりである。

<省略>

<省略>

<省略>

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